膨大な訳註を上梓した田川訳新約聖書の、本文が、まとまった形で刊行された。ハードカヴァーと文庫本の2種類である。正統的教会版訳書に真っ向から反対する解釈の本書が、売れていること自体が驚きだ。しかも値段は安くはない。
既訳本との画期的な違いは、まず4福音書の順序が、時代順であること。ルカ福音書の直後に同じ著者の使徒行伝が続くこと。パウロ書簡も長さの順ではなく、古いものからであること。擬似パウロ書簡は別扱いとしたこと。そして極め付けは、黙示録のあとに、田川の解釈で原著者のものと見られる文書だけを載せたこと、などである。
そして訳文については、ギリシャ語原文の正文批判を経て、わからないところはわからないままに、下手な文章は、それが分かるように稚拙なままに訳してある。田川にかかると、ヴルガーダ訳はもちろん、エラスムス、ルターの間違えも容赦なく切って捨てられる。現代に至るまでの英独仏日の訳で、合格点と言えるのは皆無といっていいだろう。
かくして本書は「聖書」から「聖」の字を剥ぎ取った訳書となった。田川自身、みずからを「神を信じないクリスチャン」と言っているという。その真意が汲み取れる訳業である。