
鈴木麻美さんのファースト・アルバムが届き、以来私の車の中の音楽は、ずっとこれ1枚である。麻美さんの言うとおり聴けば聴くほどに味がある。スルメのような音楽だ。
この曲たちの成り立ちは、伴奏ピアニストの藤森さんの作曲が先で麻美さんの詞は後だと聞く。ふつうは逆だろう。詞の後づけが、どんなに難しいものかは想像に難くない。
おそらくは、このアルバムの最後の曲「グレイ・マウンテン」のように、まずはスキャットで唄ってみることから始まるのだろう。この曲は「お化け登場」と題してもいい(笑)、シェーンベルクを思わせるような音階である。
次第に言葉がつけば、最後から2番目の「SuMILE」のようになってゆくのだろう。この題は、smileとスミレを掛けている。アルバム全体に言えるのだが、麻美さんは、あえて言うなら、平安女流歌人のようなコトバの遊びの巧みな恋の歌い手である。
たとえば「リ」の音を韻に踏む「雨ふり」。雨上がりなのか、雨ふりなのかは判然としないが(笑)、楽しい曲だ。ジーン・ケリーを思わせる。
ときにカマトト風の甘い声(笑)でカワイさを出し(Amer、睡魔)、ときに涅槃的溶解の趣きを見せる(ロータス)。じつに多彩な表情だ。「すいかの種」は、若いカップルの恋の生活が、老年まで続くかのような微笑ましい楽天さ(笑)を見せる。
しかしなんといっても曲の完成度の点では、最初の曲「懐かしい未来」が白眉だ。題のcontradictionにも関わらず、リフレインも、ゆったりとしたピアニズムも既聴感を与えて充分。内容は切ない恋慕である。
そもそも私のふだん聴くのはクラシックが主で、ジャズはクラシックつながりのジョン・ルイスや、キース・ジャレットどまりだ。日本人の歌手のジャズを聴く機会は、ほとんどなく、また聴く理由も見当たらない。なぜならリズムも英語の発音も、とうていネイティヴには及ばないからである。浜松ゆかりの名だたる歌手U嬢のアルバムは1度で充分。S嬢に至っては、お眠りくださいと言われたライブで、あまりの発音の酷さに起きて吐気を催したほどだ。私の今迄聴いた中で1番は美空ひばりのジャズである。(ただ彼女の定番演歌は大嫌いだが。)
麻美さんのジャズは数回聴いたが、ハーミット・ドルフィンで聴いた「見上げてごらん夜の星を」は、とても良かった。そして磐田で聴いた「ロータス」が来る。麻美さんの真価は、間違いなく日本語の歌にある。そして麻美さんは、客を大切にしてくれる稀な方だ。私のようなむくつけき老人にまで声をかけてくださる。
だからこのアルバムは待ち焦がれていたものだ。私は車の中の麻美さんの唄に満足する。