水村美苗の処女作は「続明暗」である。漱石の未完の作から続けて読むと、この作者の凄さがわかる。漱石が書かなかった則天去私風の結末まで、まったく疎漏がない。漱石を凌駕していると言っても言い過ぎではあるまい。なにせ漱石は日本の近代文学の先駆けだ。水村美苗は、そのラスト・ランナーのひとりだ。勿論、漢文の素養は水村にはない。だが小説理論を知っていることでは漱石以上だ。
日本語しか知らない作家には、ロクな作品はない。水村は日本語が周囲にない環境で育ったにもかかわらず、ではなく、それゆえに、日本語で書き始める。日本文学を読み続けていたからである。
本書は、いかに水村が自覚的な小説家であるか、ということの証左である。圧巻は谷崎『春琴抄』論。これを読むと、日本語の豊穣さが稀有なものだということがわかる。